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仙台高等裁判所 昭和35年(ネ)494号 判決 1963年11月04日

控訴人 庄司三九郎

被控訴人 小関政雄

主文

原判決を左のとおり変更する。

被控訴人は訴外村井正信に対し別紙目録<省略>記載の農地を引渡せ。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一・二審を通じてこれを五分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人のそれぞれ負担とする。

この判決は控訴人勝訴の部分に限り、控訴人において金三〇、〇〇〇円の担保を供するときは、かりに執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は訴外村井正信に対し別紙目録記載の農地を引渡し且つ昭和三四年一月二二日以降引渡完了まで一ケ年金一六、八〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに保証を条件とする仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は控訴代理人において「控訴人が弟である訴外村井正信から本件農地を買受けた事情は次のとおりである。すなわち正信は農家に生れたが生来農業に従事したことなく地方公務員として生活して来たため、昭和三一年四月一六日先代父三九郎の死亡に伴い遺産として本件農地の分与を受けるに際し、むしろこれを農家を継ぐ兄控訴人に渡し、その代償としてかねて希望していた山形市内における居宅新設の資金の援助を控訴人より受けることを望んだが、当時控訴人は手許不如意であつたため兄弟仲のこと故後日適宜適当の方法で右援助をすることとし、本件農地は一応正信が相続した。そこで控訴人は同年九月頃正信がその居宅を建築するに当り金三〇〇、〇〇〇円相当の用材を調達してやつたところ、以後正信は本件農地のことは一切兄控訴人に委ねて顧みなかつたが、昭和三三年八月一七日に至り控訴人は正信と話合いのうえ右用材の価格を代金に換算して本件農地を正信から買受けることとし、甲第一号証売渡証書を作成のうえ従前主張のように右売買による農地所有権移転につき未だ知事の許可を得ていないので、同年一〇月六日右所有権移転の仮登記を経たのである。」と述べ、証拠として当審証人村井正信の証言を援用したほかは、すべて原判決の事実摘示と同じであるので、これを引用する。

理由

一、別紙目録記載の農地(本件農地)は控訴人および訴外村井正信の先代父庄司三九郎の所有であつたが、昭和三一年四月一六日同人の死亡による相続によつて右正信がその所有権を取得したことおよび被控訴人が昭和二七年以来本件農地を占有耕作していることはいずれも当事者間に争いがない。

二、成立に争いのない甲第二ないし篤六号証、当審証人村井正信の証言により成立を認める同第一号証(ただし山形地方法務局左沢出張所作成部分の成立は争いがない)に原審および当審証人村井正信の証言並びに原審における控訴人本人尋問の結果を綜合すれば、右正信はもともと農業をやる意思はなく、学校を出るとすぐに山形県庁に勤めたので、父三九郎の死亡後間もなく行われたその遺産分割協議の際も農地よりも現金三〇〇、〇〇〇円の分与を希望したが、兄控訴人から今は金がないが後日正信がその居宅を建てる時に善処するから、それまで差当り本件農地を受けてくれといわれて前記のようにこれを相続(ただし相続登記は昭和三一年一一月二二日になつてとられた。)したこと、そこでその後昭和三一年九月末頃正信が山形市に自宅を新築した際控訴人は正信に時価金三〇〇、〇〇〇円相当の用材を提供したので、正信としては本件農地はその時事実上控訴人に譲つたつもりであり、その管理処分等の一切を控訴人に委ねたが、法律上の手続はそのままになつていたこと、一方本件農地は昭和二七年頃から被控訴人がその買受を希望し前示のごとく耕作を続けて来ており、正信ら控訴人側も被控訴人への売却を望んでいたが、価格の折合がつかず、いつまでもらちがあかないので、昭和三三年五月被控訴人を相手方として正信の名で調停を申立て、その頃数回調停委員会(これには控訴人が正信の代理人として出席した。)が開かれたが、同様価格の点で折合がつかず不調となつたことおよび右のような経緯から控訴人は昭和三三年八月一七日頃正信の承諾のもとに、前記用材の価格金三〇〇、〇〇〇円を代金に当て同人から、山形県知事の許可を停止条件として本件農地を買受け(ただし甲第一号証のその売渡証書には代金を二〇〇、〇〇〇円と記載)たが、これにつき未だ知事の許可が得られないので、同年一〇月六日同売買による所有権移転の仮登記を経たまま今日に至つていることが認められ、右認定に反する原審における被控訴人本人の供述部分は措信し難く、他に右認定を動かすに足る証拠はない。そうだとすると本件農地についての右売買の効力は条件未成就のためまだ発生してはいないから、本件農地は依然正信の所有にあるといわなければならないとしても、控訴人は正信に対し右売買による所有権移転の請求権(もつとも条件未成就であるから期待権と見るべきである)を有するものというべきである。

三、ところで前記採用の各証拠に徴するに、右正信は前示のような経緯から本件農地については全く関心なく、一切を控訴人に委ね、所有者としての権利を行使する意思のないことが窺われるので、控訴人は正信に対する前記本件農地所有権移転請求権を保全するため正信に代位して同人の所有権者としての権利を行使し得るものと解すべきである。

四、そこで本件農地に対する被控訴人の前示占有が所有者である正信に対抗し得るものであるかどうかを案ずるに、原審における被控訴人本人の供述中本件農地は被控訴人が昭和二七年頃控訴人らの先代父三九郎から譲渡を受けた旨の部分は信用し難く、他にこの点を肯定させる証拠はなく、却つて前記採用の各証拠によれば、本件農地につき右父三九郎と被控訴人との間に昭和二七年以来売買の話があつたが価格の点でどうしても話がまとまらず、結局売買は成立しなかつたが、被控訴人において売買の成立を見込み、同年以来無理に本件農地の占有耕作を開始してそのまま今日に至り、その間右父三九郎および正信を含む控訴人側からその耕作権限を得たことがなかつたことが認められる。そうすると被控訴人は本件農地につき所有者である正信に対し前記占有をもつて対抗し得ないものといわなければならない。

五、以上のとおりならば被控訴人には右正信に対し本件農地を引渡すべき義務があると共に、正信に被控訴人の右不法占有による損害があるならばその損害をも賠償すべき義務があるというべきであるから、控訴人は正信に対する前記本件農地所有権移転請求権を保全するため、正信に代位して被控訴人に対し本件農地の正信に対する引渡と右のような損害の賠償を求め得るわけである(もつとも右所有権移転請求権は期待権であるからその履行期が到来しているとはいえないが、不法占有者に対する右のような引渡および損害賠償の請求は実質的に見れば一の保存行為と見られるから、この場合裁判上の代位によるまでもないと解する。)。しかし右損害の額につき控訴人は本件農地の一ケ年間の収穫から収穫に要する経費を差引いた純益一ケ年金一六、八〇〇円を喪失した旨を主張し、原審において控訴人も本件農地からは少くとも一ケ年右金額程度の純益が得られる旨供述するが、右供述はこの場合正信の蒙つた損害額の認定資料として首肯するに足るだけの客観的根拠に乏しく、にわかに採用し難い。そして他には右損害額の主張を維持すべき証拠はなにもない。

六、よつて控訴人の本訴請求中被控訴人に対し本件農地を正信に引渡すべきことを求める部分は正当であつてこれを認容すべきであるが、損害賠償の支払を求める部分はその額の証明がない点で失当であり、これを棄却すべきであるから、民事訴訟法第九六条、第九二条、第八九条、第一九六条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 高井常太郎 上野正秋 新田圭一)

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